
長野家の敗退は予想外だったようで衝撃を受けている北畠家サイド。神戸家・関家と異なり、親戚関係を結んでいたからというのが主な理由でしょうか。焦った当主は山間部からの侵攻という方針を翻し、打撃力を最大限発揮できる街道からの総攻撃を命じます。

しかし既に前装ライフルと野戦砲を導入済みである新地家に大敗。史実でも中世のスタイルで戦うエジプトが、ナポレオン率いる近世フランス軍に70倍近い差をつけて敗北しております。中世と近世の差は大きいのです。亀山城の時のように夜間戦闘へ持ち込んでいればもう少しマシに戦えたと思います。だがしかしそもそも新地家と武力衝突した最大の原因は主人公たちの力量を過小評価した点にあるのだから、上手くいかなかった時に詰めの甘い対応をしてしまうというのは必然でもあるんですねえ。もしこの時まともな対応ができるのなら、戦自体起こらんのですわ。