イベントで入手定期。元ネタは71号計画航空母艦。企画段階で却下され続けてきたこれまでのソ連空母と異なり、真面目に造るつもりだった最初の空母です。当時の海軍大臣クズネツォフによると、計画上は1938年の時点で建造する方針が決定していたもののスターリンを始めとするソ連指導部は極めて消極的で、太平洋戦線の情報がソ連にも伝わった43年になってからようやく建造に向けて動き出したとあります。この頃になるとより強力な空母が必要であると認識され、プロイェークト72へ進化していくわけですがこれは1946年に策定した10ヵ年計画で取り消されてしまいます。クズネツォフは回想の中で、スターリンは航空機を過小評価し重巡洋艦(スターリングラード級)に対し奇妙な情熱を持っていたと批判しています。ここだけ読むと大艦巨砲主義者スターリンのせいで空母を造れなかったと感じてしまうことでしょう。しかしだねぇ、スターリンは戦前の時点で空母の建造を承認していますし10ヵ年計画では空母だけでなく戦艦の建造も中止してるんですよね。代わりに主力として位置付けられたのが潜水艦です。300隻超という大幅な増強を目論み、キャンセル分を差し引いても10年間で287隻を就役させています(資料によってバラつきがある)。これは第二次世界大戦でアメリカの本気を目の当たりにしたソ連が正攻法で米海軍に勝つことは不可能であると悟り、大型艦で張り合うのを諦めたという事情が大いに関係します。ソ連版ジューヌエコールともいうべきこの考え方の歴史は古く、創設直後の20年代は新興派と呼ばれる潜水艦と小艦艇を主軸にしようという人たちがソ連海軍(37年以前は赤色海軍)の大勢を占めていました。安価に整備できるということで政府も同調し、空母や戦艦だけでなく巡洋艦の建造をも否定する徹底っぷりだったと伝えられています。その流れを変えたのがスターリンです。正面から戦える海軍の獲得を目指し大型艦の新造を次々と認めます。空母調達の妨害どころか推進する立場だったわけです。しかし前述のようにそれは非現実的なことに気づき、スターリンが死去する前から方針の転換を図っています。計画通りに空母を数隻造ったところでアメリカとその仲間たちに勝てるはずもなく、航空劣勢下でも作戦行動が可能な潜水艦で対抗しようという発想は真っ当でありそのことはクズネツォフもわかっていたはず。それでも批判してしまうのは私恨じゃねえかなというのが俺氏の感想です。ま、スターリンはプロイェークト72を中断しておきながらスターリングラード級の建造を続行したというのは事実なので、この点に関してだけは反省すべきかもしれません。どちらも不要が正解であり史実でもそうなりました。ソ連の判断は正しかった。
ここからwowsbでの使用感になります。前置きが長くてすまん。ティア6でも戦闘機なしという加賀みてぇな空母です。しかしながらプレ空母との遭遇率が低いということで加賀と比べると大分のんびり戦えますね。無課金で入手できますし実は良空母なのではと思えてきました。食わず嫌いはよくないね。